力強い歩みを感じる11・19:柏原誠
ドラフト制度改革が叫ばれて久しいが、いまだ「これ」という名案でまとまらないのが現実だ。今年は1巡目に限って入札→抽選の方式で行われた。その結果、様々なドラマが生まれ、見ている側にすればかつてのドラフトを思い起こさせる楽しさがあった。
広島も大満足でドラフトを終えた。1巡目の長谷部は5球団の競合で外したが、次の抽選では篠田を3分の1の確率で引き当てた。ドラフト会場から出てきた松田オーナーは素直にこう言った。「これまでだったら競合を避けて最初から篠田(の1本釣り)にいっていただろう。だがそうはいかなかった。2重のリスクを背負って長谷部、篠田の順に入札した」。
これまでは取りたい選手を確実に取るために、競争率の高い選手は避けることもあった。3~5球団の競合が確実視されていた長谷部に「特攻」したのは異例のことだ。しかし、欲しい選手は欲しい。どうしても即戦力の左投手が必要だった。攻めの姿勢で長谷部、篠田に突っ込んだ。
たとえ篠田のクジを外していても、見ていたカープファンは納得しただろう。安全策に走っても球団の「変わろう」とする意欲は感じられない。リスクを犯してでも理想の補強を目指す姿は、プロのチームとして本来あるべきものだと思う。メジャー経験のある異色の右腕、多田野(日本ハムが指名)の獲得を検討したのも同じ理由だ。
新井に続いて、黒田も抜ける可能性がある。投打の柱がいなくなっても球団は前に進まなければいけない。このオフは球団史においてもターニングポイントになるだろう。新たなチーム作りへ、力強い歩みを感じる11・19だった。
[2008年01月22日]- 網孝広(あみ・たかひろ)
- 1972年、大阪府堺市生まれの35歳。入社後広告局に7年、編集局整理部(レイアウト部門)に3年半在籍。06年11月広島総局に赴任。34歳で初めて「新聞記者」になったオールドルーキー。Jリーグ、高校野球、高校サッカーなどの担当を経て07年9月よりカープ担当に。08年の予想順位はエールを込めて3位。まだまだ独身。
- 柏原誠(かしはら・まこと)
- 1977年、長野市生まれの29歳。アマチュアスポーツ全般、Jリーグ、オリックス、阪神担当を経て06年1月からカープ担当。好きなブラウン語録は「ユニホームの後ろ(個人名)ではなく胸のマーク(チーム名)のために戦え」。07年の予想順位は希望込みで中広巨神横ヤ。ちなみに昨年の予想は中神巨広ヤ横と惜しかった。幼少時からG党で原辰徳、松井秀喜のファンだったが熱はすっかり冷めた。家族は妻と2歳の長男。