代表の熱き戦い、鯉戦士不在が寂し…:柏原誠
う~ん、熱い。アツ過ぎる。今、この原稿を書きながら日本代表の台湾戦をテレビで見ている。勝てば五輪切符、負ければ窮地という大一番。記者という立場を忘れ、ただのファンとしてこぶしを握り締めている。昨日の韓国戦はもっとヤバかった。タバコの量が増え、ピンチの場面から目をそむけたりも。
興奮の一方、カープ担当記者として寂しさも募った。日本代表の神戸合同自主トレ、宮崎合宿と取材したのだが、その間に新井の退団が決まり、気付いたら広島の選手が1人もいなくなっていた。「候補」を含めれば12球団で広島だけだ。当初は楽天の選手もいなかったが、途中のドラフト会議でアマ唯一の代表選手の長谷部を引き当てた。
フィリピン戦をテレビ観戦した黒田がこう言っていた。「あの場にいる人しか分からないプレッシャーがある。日本で見ているだけの人が何を言っても言葉が軽すぎる」。アテネ五輪を経験した右腕の言葉だ。あの場の雰囲気を味わった者とそうでない者の差は大きいということだろう。日の丸を背負う選手は「名誉」だけでなく、それ以上に大きなものを蓄えてチームに戻ってくる。
来年8月の北京五輪には再編されたメンバーで臨む。予選3試合を戦ったメンバーが中心になるのだろうが、シーズン前半で調子を上げる選手、ブレークする選手、または故障者が出れば顔ぶれが変わる可能性はある。大きな目標を持って開幕を迎えてほしい。
[2008年01月22日]- 網孝広(あみ・たかひろ)
- 1972年、大阪府堺市生まれの35歳。入社後広告局に7年、編集局整理部(レイアウト部門)に3年半在籍。06年11月広島総局に赴任。34歳で初めて「新聞記者」になったオールドルーキー。Jリーグ、高校野球、高校サッカーなどの担当を経て07年9月よりカープ担当に。08年の予想順位はエールを込めて3位。まだまだ独身。
- 柏原誠(かしはら・まこと)
- 1977年、長野市生まれの29歳。アマチュアスポーツ全般、Jリーグ、オリックス、阪神担当を経て06年1月からカープ担当。好きなブラウン語録は「ユニホームの後ろ(個人名)ではなく胸のマーク(チーム名)のために戦え」。07年の予想順位は希望込みで中広巨神横ヤ。ちなみに昨年の予想は中神巨広ヤ横と惜しかった。幼少時からG党で原辰徳、松井秀喜のファンだったが熱はすっかり冷めた。家族は妻と2歳の長男。