コイと“赤い縁”赤松の活躍に期待!:柏原誠
赤松真人外野手の加入のニュースが入ってきた。彼とは04年秋のドラフト当日の取材で知り合い、05年の阪神担当時代に1年間、取材させてもらった。
1年目から2軍で首位打者、盗塁王。その後1軍に呼ばれるようになった。通算38試合出場の実績だけを見れば「まだまだ」の選手ではあるが、阪神は近い将来の外野のレギュラーとして大きな期待を寄せていた。ブラウン監督が言っていたように「グッドチョイス」の印象だ。
俊足強肩はもちろん、個人的に一番の売りはガッツだと思う。野球に関しては実直で向上心が高い。あこがれの選手は横浜で98年の優勝に貢献した波留敏夫(横浜打撃コーチ)。同じように恵まれない体格でも、熱血プレーと堅実さでは追随を許さなかった。赤松が目指すのも同じプレースタイルだ。
波留さんは、赤松のいとこが京都・大谷高で同期だった。その縁で高2のときにもらったサインボールを今も実家の棚に大事に飾ってあるという。京都で生まれ育ち、平安高、立命大を経て阪神に入団した彼は初めて関西を出る。広島に来れば実家に立ち寄る機会も少なくなるだろうが、サインボールに込められた波留さんの精神だけは広島にも持ち込んでほしい。
彼もきっと広島との縁を感じているだろう。名前も赤。好きな色も赤。平安高3年のとき、12球団で唯一、赤松に興味を示したのが広島だった。そのときは監督と話し合って大学進学を決めた。「広島から話が来て、自分でもプロでやれるのかなと思うようになった。だから大学で成長できた」。鯉党の新井ショックを吹き飛ばす活躍を期待しています。
[2008年01月22日]- 網孝広(あみ・たかひろ)
- 1972年、大阪府堺市生まれの35歳。入社後広告局に7年、編集局整理部(レイアウト部門)に3年半在籍。06年11月広島総局に赴任。34歳で初めて「新聞記者」になったオールドルーキー。Jリーグ、高校野球、高校サッカーなどの担当を経て07年9月よりカープ担当に。08年の予想順位はエールを込めて3位。まだまだ独身。
- 柏原誠(かしはら・まこと)
- 1977年、長野市生まれの29歳。アマチュアスポーツ全般、Jリーグ、オリックス、阪神担当を経て06年1月からカープ担当。好きなブラウン語録は「ユニホームの後ろ(個人名)ではなく胸のマーク(チーム名)のために戦え」。07年の予想順位は希望込みで中広巨神横ヤ。ちなみに昨年の予想は中神巨広ヤ横と惜しかった。幼少時からG党で原辰徳、松井秀喜のファンだったが熱はすっかり冷めた。家族は妻と2歳の長男。