広瀬が「ポスト新井」に全力で挑む:網孝広
辞書で「複雑」という単語を引くと概ね次のように説明されている。「物事の事情などがこみ入っていて、簡単に説明ができないこと。いろいろな要素がからみ合っている状態」。
複雑な心境に陥ることは誰にでもある。例えば記者ならプロ野球球団担当というのは各新聞にいる。毎日現場で顔を合わせる。同じ球団を愛し報道するいわば“同志”だが、そこはやはりライバル。仲はいいのだがしのぎをけずり各々が独自の「ネタ」を探す。当たり前だが、他社の人間には言えないことは山ほどある。スクープ合戦などはその際たるものだ。ある意味、野球のポジション争いに似ている部分があるかもしれない。
広瀬が今、複雑な心境で日々を過ごしている。本来は外野手だが1月25日から始まった沖縄合同自主トレでは三塁を守っている。昨秋キャンプでブラウン監督から「三塁構想」を告げられた。オフの海外自主トレでも外野の練習はしなかったという。もちろん“ポスト新井候補”の1人だ。広瀬自身は三塁は中学時代以来。中学も主に投手だった。東京6大学の3冠王を獲得した法大時代も内野を守ったことは一度もない。しかし、今は懸命に三塁守備をこなしている。軽快に打球をさばいた後は笑顔もみせる。
「外野で勝負したいですけど、サードを勉強することは自分の財産になる。外野の守備はいつでもできるし」。言うまでもなく外野手のプライドはある。「三塁構想」を聞いた時の胸の内も想像できる。それでも「積極的な1年にしたい」。今年で8年目。風情にも落ち着きが漂う。周りの選手が気になった時期もあったが、今は自分のやるべきことに集中できているという。「切り替えをしっかりできるようになった」と自然に笑う。
広島の今季三塁候補一番手は新外国のスコット・シーボル。尾形、喜田も三塁の練習をしている。中堅のレギュラーを目指す気持ちに変わりはない。思いを一旦胸にしまい、求められる役割に全力で応える。「プロ意識」とはこういうことをいうのかも知れない。
[2008年01月28日]- 網孝広(あみ・たかひろ)
- 1972年、大阪府堺市生まれの35歳。入社後広告局に7年、編集局整理部(レイアウト部門)に3年半在籍。06年11月広島総局に赴任。34歳で初めて「新聞記者」になったオールドルーキー。Jリーグ、高校野球、高校サッカーなどの担当を経て07年9月よりカープ担当に。08年の予想順位はエールを込めて3位。まだまだ独身。
- 柏原誠(かしはら・まこと)
- 1977年、長野市生まれの29歳。アマチュアスポーツ全般、Jリーグ、オリックス、阪神担当を経て06年1月からカープ担当。好きなブラウン語録は「ユニホームの後ろ(個人名)ではなく胸のマーク(チーム名)のために戦え」。07年の予想順位は希望込みで中広巨神横ヤ。ちなみに昨年の予想は中神巨広ヤ横と惜しかった。幼少時からG党で原辰徳、松井秀喜のファンだったが熱はすっかり冷めた。家族は妻と2歳の長男。