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「広陵で野球やれてよかった」/高校野球
<全国高校野球選手権:広陵4-5佐賀北>◇22日◇決勝
広陵で野球がやれてよかった-。40年ぶりに決勝へ進出した広陵は佐賀北に4-5で逆転負けを喫した。初の夏制覇はならず準優勝に終わった。中井哲之監督(45)は3回戦の試合中に熱中症にかかり、点滴を打ちながらベンチに入り続けた。選手たちは動揺することなく「監督を日本一にしたい」という思いで一丸となって戦った。試合後、3年生は「3年間広陵でやれてよかった」と繰り返した。
4-0で迎えた8回裏、1死満塁からエース野村祐輔(3年)が押し出し四球を与えた。1点を返されなおも満塁。佐賀北の3番副島にまさかの逆転満塁弾が飛び出す。9回、広陵の最後の攻撃も無得点で試合終了。最後の打者となった野村は「中井先生に申し訳ない」と繰り返した。
広島県大会開幕の直前、練習中に中井監督は倒れた。グラウンドに救急車が入りそのまま病院へ。過度の疲労と熱中症だった。「気がついたらベッドの上だった」と笑う。それでも県大会では初戦から指揮をとり続けた。
4年ぶりの夏の甲子園。体調は万全ではなかった。2回戦の東福岡戦の後、インタビューを受けている時に体に軽いけいれんを感じた。そして、3回戦の試合中に熱中症を起こしベンチ裏に下がった。「怖かった。代理監督を立てることを考えた」というほど異変を感じた。「代理監督は誰がいい?」と選手に問いかけた。土生翔平主将(3年)の返答は「先生、僕ら絶対勝ちますから寝てて下さい。1番厳しくなる準決勝、決勝に戻ってきてください」だった。中井監督は点滴を打ち、ベンチに座り続けた。中井監督を日本一にする。選手たちの思いはひとつだった。
広陵の部員は94人。ほとんどが寮生。中井監督は週に2日は寮に泊まる。「家族といるより選手といる時間の方が長い」と妻・由美さん(44)は笑う。常に説くのは「感謝の心」。野村は「周りの人すべてに感謝しなさいという教えは一生自分の中に残ると思う」と言った。
小林誠司捕手(3年)は大阪出身。自分で決めて広陵にやってきた。投手として入学したが中井監督が捕手に転向させた。悪戦苦闘の日々を経て正捕手になり、甲子園でマスクをかぶることができた。「3年間はあっという間だった。人間的にも成長できた。何事にも感謝の気持ちを忘れずに、野球を続けたい」と笑った。
日本一まであとアウト5つだった。惜しくも届かなかった。中井監督は「子どもらは僕の宝物」と言った。初の夏制覇へ、選手と一丸になって挑戦を続けていく。【網 孝広】
[2007年8月23日12時24分 紙面から]
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